LOVEコンにまつわるエトセトラ

LOVEコンにいっしょに行きたいと思う人がいた。
Michaelを通じて知り合った方で、
娘さんの影響もあって嵐は好きだけど厳密に言えば嵐ファンではない彼女に、
私のとなりに立って彼女の視点から嵐を見て感じてほしかった。
好きだと思うモノや人が私たちにもたらしてくれる感情。
より高い視点から客観的に見渡しながらも、
それこそが唯一の生きていく希望や情熱になりうることを知っている人。
自分の目だけでなくそんな彼女の目からも嵐を見てみたい。
信頼する親愛なる彼女と大好きな嵐をいっしょに感じたい。

彼女の都合がつかず丁重に断られたにもかかわらず私は彼女の分のチケットを申し込んだ。
当選するかどうかもわからないけど、彼女と行けるのだったら当たるのだろう、なんとなくそう思った。
今回チケットの当落発表を待っている間気持ちは不思議なほど落ち着いていた。
当たることも当たらないことも、どっちも全然アリだと思った。
もし当たらなかったらまたやさぐれてしまうであろう自分が想像できたけど、それもまたいいじゃないか。
どんな気持ちも私が味わおうと選んだ結果だ。
宇宙の計らいというのかな、そんなものに委ねてみようと思った。
自分が自分に見せる世界を信頼してみようと。
結果当選したわけだが、思ったのはああ、ちゃんと抽選なんだな、平等なんだなということ。
そうそう簡単には取れない嵐のチケットだからいろんな噂がまことしやかに囁かれるけど、
なーんだ、本当にシンプルなんだなってわかったというか。
宇宙はシンプル。

彼女にはあらためてもう一度お願いをした。
チケットが当たったからいっしょに行ってほしいと。
彼女はとても喜んでくれて快諾してくれた。
よかったな、うれしいなとしみじみと思った。

一方では当選したことをここで記事にした時、いっしょに喜んでくれた人たちがいた。
私はこれまで嵐コンにまつわるファンの心模様をどこかしこで目にするたび、
さんざん心で野次を飛ばしまくってきた人間だ。
外れた方の立場であったことが大きく影響してはいるけど、
元来心根がナナメなので常に目線が上からでひねくれている。
「外れたくせにおめでとうなんて言ってる。素直にやさぐれやがれ。」
「当たったくせにごめんなさいなんて言ってる。最高にヤなヤツだな。」
そうだった私が喜んでもらっているフシギ。
おめでとうなんて言われて静かで安らかでふんわりした気持ちになる。
ああ、なんか愛だなあと思った。
大野神社に当選祈願をしてお守りを買って送ってくれたあの人も。
当選発表の日の朝当たりますようにとお願いしてくれたあの人も。
目には見えないけどそこらじゅうに満ち満ちている愛が姿をあらわすとこんな感じなのか。


時々本当に心折れて自分のちっぽけ具合に途方に暮れる夜がある。
世界のはじっこでこのまま死ぬまで誰にも気づかれず、
子どもじみた愛は誰に差し出す価値もなく、
輝く人に恋をして憧れながら、
それでも自分を自分で必死で抱きしめながらゆくしかないのかなって、
バカみたいだけどまぢでガチで覚悟しちゃう日がある。
でも心って流れてゆくんだ。
時には濁ったり澱んだりしながらもゆらゆらと優しくたゆたう。
とどまらないということにはいつも希望がある。

レンタルでもよかったなんてたいそう罰当たりな発言をしていたアルバムも、
メンチカツをつくりつつ窓の外の美しい夕刻の空を見ながら聴くと、
愛らしく満ち足りた時間を感じるのにじゅうぶんで、
だからか、このタイミングで『LOVE』なんていうタイトルなのは、なんて妙に納得したりして。

…LOVEコンが運んでくるのは、
嵐が届けてくれたのは、
だから結局やっぱりどうしても LOVE なのかな。








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鍋はどれも美味しそうだった。

Michaelを好きだった時に知り合った人で、Michaelの意識とつながることができる人がいた。
(Michaelだけじゃない、いろんな人のハイヤーセルフとか)
で、その人が教えてくれるMichaelからのメッセージで、

『君たちは君たちの方法で輝くんだよ。』

っていうのがあった。
それはもう何度となく。
私はそれを聞くたび、Michaelのことがこんなに好きなのに、
他にはなんにも要らないのに、
って思って悲しくなっていた。


昨夜のしやがれをさっき観た。
面白いとか面白くないとかいう前に、私の嵐に対する気持ちに自分でちょっとびっくりした。
ときめかない。
ああ、お仕事なんだねという言葉にしか聞こえない。
玉置浩二の言葉はダイレクトに心に入ってくるのに、
嵐メンの発するどの言葉も私の心をちっとも動かさない。
あちゃ~(笑)。

私が智を愛する気持ちの一方でずっと思っていたことがある。
彼の中に見る輝く部分が自分の中に見つかれば、
彼を自分の中に溶け込ませてしまえば、
私の中の愛する部分にもっともっと気づいたら、
きっと私は智を好きでなくなってしまうんだろうということ。
結局はそのために智を好きになったんだろうということ。

智を好きすぎると、愛する気持ちがしあわせだけど苦しい。
好きの気持ちが冷めれば、客観的な自分だけの自分でいられるけどさみしい。
どちらがいいも悪いもないし、きっとどちらも選んでゆけるのだろう。
でもここのところ、ずっと感じていたのは、
私が私の方法で輝くことなしに智を好きなのはつまらないってこと。
だってアラフェスで智が言ったっていう「これからもついてきてください」という言葉に、
はーん?ヤなこった、引率されてるつもりはないのです。
一緒に進むんならまだしもついてこいってどうなの?、って正直思ったさ。
ごめん、智、私は私に責任もちたいから。
あ、そっちの山道、行くんだ。じゃ、私、こっちね。頂上で後ほど!!みたいな。
↑ま、要はあまのじゃく。可愛げなし。
(智ってさ、きっとファンのことが可愛いんだろうね。
俺らががんばるから見てて、っていう心意気を感じはする、すごく)
嵐の中に見る愛らしさも、頑固さも、ずるさも、しなやかさも、キラキラも、ドロドロも、
ぜんぶ自分の中にもあると気づくことなしに、
彼らがどんなに素晴らしいのかということだけに目を奪われすぎて、
結局怒ったり、いい人ぶったり、悲しくなったりするのに忙しい人を見る。
嵐のために、なんていうのは、結局嵐のせいにしていることと何も変わらない。
いやだ、そんなの。
今ならMichaelがくれた言葉の意味がすごくよくわかる。
ブイーンって投げたブーメランが青い草地を越え、
高層ビルのあいだをくぐり抜け、
広大な遺跡をのぞむ丘の上を抜け、
宇宙まで飛んでUターンして戻ってきたみたいに。
 


…とかなんとか言いながら気持ちに一貫性がないのが私で、
単に嵐ゴトの諸々に飽きてきてるだけなのかもしれないし、
明日になったらどうなっているかわからない。
現に智のこと、私、すっごく頼りにしてるし。
そのそこにいる存在を。
でもいつも思うのは、好きの気持ちにさえも執着は必要ないんだなってこと。



いつでも言えるよ、嵐、いろいろありがとう!バイバーイって。



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世界がことんと動く。

かちっ、というか、ことん、というか、
そんなふうな短いけれど小気味良い確かな音をたてて世界が切り替わったような感じがすることがある。
自分の思考がふうわりと弛緩し柔らかく浮かんでいるように思え、目に見える現実とちょっと馴染まない感触がある。
でもそれは決して不快なものではなく、どちらかといえば余計な感情が削ぎ落とされて気分がいい。
例えていうなら、ちょっとした登山をして小一時間歩いたのちに頂上に着き、
そこから見える景色をふうっと息を吐いて展望した感じ。

最近では奈良さんの個展を見た後と、やっぱりニノに会いたくて反対方向に戻る電車に乗った時。
外側は流れていても自分の中はしいんと静まり返っていてクリア。
これは単なる気のせいだと、そんなふうに思わないでもないけど、でもやっぱり違う。
どうしてかと言うと、その前まで見ていた嵐と今見る嵐が私にとって全然違うものになるから。

私はニノを見れなかったけど見たような気持ちになっているし、
今夜のMステで見た嵐はまるで目の前にいるようだったし、

何より、

彼らは5人でありながらまるでひとつの意識みたいに見えた。
で、その意識みたいなものは私にすごく親密さを感じさせて、
ずっとよく知っている人たちみたいで、
自分の延長みたいで、

そして彼らから優しくされているようで、甘かった。


ここで私はその時その時に嵐のことをどう思うかどう見ているか、できるだけ率直に書いてきた。
後から読み返すと本当にそうだと思えるものもあれば、今ではそうは思わないってこともある。
意地悪な見方をしている時もあれば、彼らに会えたことを本当にうれしそうに愛おしく思っている時も。

今の気持ちは、なんというか、

とてもニュートラルだ。


最近翔ちゃんが旬だったって言ったじゃん?
それも意味がわかった。
彼を好きと思う気持ちになれたことがよかった。
私の中の彼の印象が180度変わってしまったことで嵐5人が混ざり合って、
彼らの向こうに透けて見える愛情深さとか、優しさとか、誇り高さとかが、
私の目によりはっきりと色濃く迫ってきたという感じだ。
そしてそれは目に見える小さなことに惑わされずに信じるという強い気持ちと、
彼らと自分の境界線を越えていく勇気につながっていく。


世界が切り替わる音に気づけたから、
私はまた心が打ち沈む時期がやってきたとしても、
嵐の表情に不自由さを見て取ることがあっても、
それはやがて流れて過ぎ去ってゆくものとして受け止めることができるだろう。
心が開く場所は必ずあって、それはいつでも案外すぐそこ。
ことん、という可愛らしい音が合図。

ここは私の世界なんだ。
ゆったりと身を任せて、
とどまらず、
流動的に、
愛らしく、
やりたいように、
自分にできることを出し惜しみせず、





ゆこう。






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aloneness (アロンネス)

最近ことさらに人と接するのが面倒で、
それは私が自分をよく見せようという思いから相手に合わせた言動で応えたり、
思ってもないことをついつい調子よく返してしまったりするからで、
めんどくさいならひとり無口にしてそこにいればいいだけなんだけどそれもできず、
ならあまり人と会わなければいいんじゃないかと思って、
もともとひとりでいるのが好きだからこれからもっとそうしようと思ったのが始まり。
でもそうすると今度は人との関わりから離れるっていうのは単に自分が楽ちんでいたいだけで、
わずらわしいことから逃げたいだけなんじゃないかと自分を叱責する心の声も聞こえてきたり。

だけどね、私が私に還る場所ってね、すごく心地いいんだわ。
いろんな感情が渦巻いているけど、柔らかくて乾いていなくて、すごく流動的。
そこに行くと智に会えるしね。
もうここでずっといたいと思っちゃうの。
精神的な山ごもり、みたいな。

で、そこに日々沈み込んでいるうち、少し前から強く感じるようになった。
外側にあるものは必要ないなって。
外側からやってくるものは本当の意味で私を満たしてくれないって。
友人とか恋人(ま、いないけどね)、まわりのいろんな人たちからの尊敬や哀れみや称賛や優しさ、
そういうものをちょうだいっていくら求めても手に入らないことのほうが多くて、
でもそれにがっかりしたり浮かれたりするのってなんか違うなと私は本当は知ってたのかな。

自分ひとりだけでしっかり満足したいって思う。
自分の自由と孤独に責任をもって、自給自足で生きたいと思う確かな気持ち。


うーん、こういうの、なんていうんだっけ?


えっと、

あ!

『アロンネス(aloneness) 』!!


最近また思い出して時々一枚引いてるこちら。 → Osho 禅タロット
この中に確か、あった。

アロンネスのカード。
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独りあること(アロンネス)

ひとりでいるとき、あなたは独りではいない。ただ寂しいだけだ——。寂しさ(ロンリネス)と独りあること(アロンネス)、そのあいだには途方もない違いがある。寂しいとき、あなたは誰かのことを考えている。相手がいなくて寂しいのだ。寂しさはネガティヴな状態だ。あなたは、もし誰かがここにいたらもっとよかったのに、と感じている。友人、妻、母、恋人、夫がいたらと——。誰か相手がいたらよかったのに、その相手はいない。

寂しさは他者の不在だ。独りあることは自己の現存だ。 独りあることはひじょうにポジティヴだ。それは現存、あふれ出る現存なのだ。あなたはあまりにも現存に満ちあふれているので、自己の現存で全宇宙を満たすことができるし、誰かを求める必要もない。



解説:
生において「大切な他者(ひと)」がいないときは、寂しくなるか、それとも孤独がもたらす自由を楽しむか、そのどちらかが可能です。自分たちが深く感じている真理をまわりの人たちが支持してくれないとわかったとき、私たちは孤立してつらい想いをすることもできますし、家族、友人、仲間に認めてもらいたいという人間の強い欲求にも耐えられるほど自分たちのヴィジョンは強靭だという事実を祝うこともできます。もしあなたが今、そういう状況に直面していたら、「独りあること」の見方を自分がどう選んでいるのかに気をつけ、そして自分が下したその選択の責任を取ることに覚めていましょう。

このカードの謙虚な人物は、内側から発する光で輝いています。人類のスピリチュアルな生へのゴータマ・ブッダのもっとも重要な貢献のひとつは、弟子たちに「自らの光となりなさい」と強調したことです。究極的には、どのような仲間も、地図も、あるいはガイドもなく、暗闇を進む自分たちの道をつくる能力を、私たちひとりひとりが自分の内側で開発 しなければならないのです。




そして、ばばばばーってつながった。
あ、そっか、だからか、だから智か。
智が見せてくれてたんだ。


私は智の無理にまわりに合わせようと気をもんだりしなさそうなところや、
自分の好きな人やモノに素直で無邪気で頑固そうなところや、
自分でいることに完全にリラックスしているようなところが好きで、
うらやましくて、そうなりたいと思っていて、

(ついでに言えば、
自由を心から愛し、恋人や妻にもそれを許すことを望み、
恋人や妻から与えてもらおうとあんまり思ってないように見えるところや、
実際女の人なんていないんじゃないかとファンの欲目でも思わせてくれるところはもっと好き)

それって究極のアロンネスじゃん、智って地でいってるじゃんって。
私が彼の中に見た憧れはそれで、
これからは彼のように独りあることに満足して生きていいんだって、
智が見せていてくれたんだと。
だから智のことを私は好きになったんだなと。

なら、彼のようになれるってことなんだ。
智のそこが好きなら自分もそうなっちゃえばいいんじゃん。
そうしたらもっと智にも近づける。
彼が立っている場所へ。

いてくれて、うれしい。
ありがとう。


智様















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ニッポンって…?

たったひとりの年末年始4日目。
今日も今日とてひとりいそいそとイオンモールと天然温泉・日帰り湯へ。
おひとり様って楽しいぞ。

イオンではまた好きな食べ物を好きなだけ買ってきたのだけど、
レジでお金を払う時にレジの人に、

「お箸は御入り用ですか?」

と聞かれた。

『あ、はい、一膳ください』

と言いながら、私は何だかすごく幸福な気持ちになった。
お箸は要りませんか?必要なら付けますよなんてこと、他の国ではきっとないだろうと突然に思ったのだ。
しかもとてもへりくだって、でも親切に声をかけてくれる。
思いながら食品コーナーで買い物をするいろんな人たちを眺めてみた。
お正月で集まった家族や親戚同士で初売りめあてに買い物に来て、
おせちにも早々に飽きたのかみんな思い思いに好きな食べ物を買ったりしている。
どの人もちんまりとしあわせそうに見える。

ああ、日本っていいなあ。
国の中に戦争もなく、今日明日のごはんに困ることもなく、家族で買い物ができて、
こんなにも誰もが好きなふうに生きる準備が整えられている国ってそんなにないんじゃないか。

そう思いながら帰り道、車を走らせていると、
四駆に若い男の子がぎゅうぎゅうに乗ってて(見るからに帰省して集まった元同級生みたいな)、
たぶんみんなで音楽かけて大合唱しているのか、
後部座席の男の子がガハハと大口開けてノリノリの縦揺れで笑っているのと目が合った。
思わず私も楽しくなって笑ってしまって、笑顔ですれ違った。
人の愛らしい姿を観るのが好きだ。
それに私はとてもしあわせを感じる。

誰もがみんな自分で決めた青写真を手に生まれてくる(らしい)。
違う惑星、違う次元、どこに生まれることも選べた(らしい)。
そこで私はこの時代の、
この地球という水の多い美しい星の、
日本という国を自分で選んで生まれた。

今日みたいに誰かの愛らしさに触れた時、
自然の美しさに触れる時、
マイケルに出会った時、
嵐がやってきた時、
私はきっとこの美しく平和であたたかな日本という国でいろんな経験をしたくて、
自分で決めて生まれてきたんだろうということを思い、
切ないような悲しいような甘くてうれしい気持ちになる。
そしてそれを決めた私の大いなる自己に思いを馳せる。


昨日観た新春特番で今夏の24時間テレビも嵐がパーソナリティーをつとめることを知った。
夜通し録画するのが大変だから次はまた4年後でもよかったのになんて思ったが、
そう決まった以上彼らはきちんとやり遂げるだろうし、
まわりがとやかく言う必要もないだろう。

彼らも彼らの目的を決めて生まれてきている。
こんなことを言うと仰々しいかもしれないが、
根っこのところでは私はこういうスタンスで彼らを見ている。
嵐になることも、
嵐でいることによってもたらされる経験のすべても、
ぜんぶぜんぶだ。
だから彼らに起こることは彼らの責任のもとにある。
そう思えば客観的に彼らをとらえることができる。
あまりにも彼らの気持ちに寄り添いすぎては私がしんどい思いをするのだと、そう思う。
私の目に映る彼らを決めつけてしまいたくないとも。

でも彼らのことが好きだから、彼らが彼ららしくいられたらいいのにといつも考える。
美しいものを愛でたり、
人の悲しみに同調したり、
おいしいものをおいしく食べたり、
困っている人に親切にしてあげたかったり、
そんなことをちゃんと知ってる彼らだと思うから、
そんな彼らの愛らしい部分を出しながら柔らかく笑っていてほしいなと思う。

そして私も自分であることにくつろいで、責任をもって、満足し、
その場所で彼らに会いたい。
例えばハイアーセルフ同士がすれ違ったら
「Hey,what’s up?(ここは翔ちゃんで)最近どう?なんか、よさげじゃん?」
「そうなの、毎日楽しくやってる。そっちは?」
「忙しくって大変。今世、働きすぎ~(笑)」
「あはは、ま、気楽にね」
くらいな感じのフェアさで。


今夏の24時間テレビのテーマは 『 ニッポンって…? 』 だそう。
私はここを選んで生まれてよかったなと思う。
私から見るニッポンはいつも優しいから。
そしてマイケルに、嵐に、あなたに会えたから。
そう、私は生まれたかったんだ。
それが、すごくわかる。

ここで会えてよかったね。





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キラキラなだけが嵐じゃない

先ほどmixiの方でちょびっと紹介&つぶやいたらコメントもらって、
そのコメ返ししていたら自分がどう思っているかがどばどばーっと出てきたので、
せっかくだから記事にします。

いくら素直っつっても私さ、ここで嵐のことけっこうヤな感じで書いてる時があるでしょう?
白々しいとか高飛車とかつまんなさそうとか(爆)。
皆さんがそれを見てどう思っていたかは私のわかるところではないし、
嫌な感じがしたならそっと立ち去って来なければいいだけだし、
もっと言えばさらーっと読める無難系でいるよりは毒や危なっかしさもありつつ、
そこらへんから多少なりともココロに刺激を与えてやりたい気もしていて。
基本的には来るもの拒まず、去るもの追わず。
ここを好きと思う人だけがここに来るに決まってるというスタンスでお送りしています。

でね、私が嵐の中に見るその嫌な面っていうのは私だけのものなの。
嫌な面だけではなくいい面だってそう。
だってね、びっくりしたの。
先日のシェアハウスのレポをいろんなブログで読んだんだけど、その感想の様々なことといったら!
智が困って居心地悪そうに見えてる人もいたし、女芸人の人たちが案外嵐ファンには嫌われてんのにも驚いた。
だって私にはあの智は最高に自然体で、女芸人に愛らしさを感じてるようにしか見えなかったのに。
ああ、もう本当に、みんなそれぞれの見たいようにしか見てないんだなってのを痛感した。
だから私は私のために嵐や智の中にいろんな面を見るの。

そう、わかってた。

ひねくれてて意地悪に見えて、実は愛することを求めてて一途な愛を与えることを恐れないんじゃないかなニノ。

頭が良くてボンボンなところが自分でもコンプレックスで、でもそれを武器に日本を、人の心を変えていきたいという野望を持っている翔ちゃん

頑なで融通が利かなくて静かな怒りをいつもたたえていて、そんな自分をもう本当はさらけ出して可愛くいたいと思っているまつずん

実はもっとミーハーで軟派で黒くて、でもそんな自分がいることにもまっすぐに気づけなくて、目を向けてもらってない少年がすっごくさみしそうな顔してる雅紀

人とじっくり関わることが面倒で、わりとすぐ好きじゃなくなっちゃっうからひとりの方が気楽で、でも運命の人がいるって信じてて、人から意見されるのが嫌で、自分でなんでも決めたくて、自分でいることにいちばんリラックスできる智

みたいなのも結局自分を見てるんだってこと。
5人が見せるものは宇宙の縮図のようなもので七色の虹色で美しくもあり、人の心のひずみのようでもある。
それを見るために嵐でなくちゃだめだったんだって。

このブログ↑を読んで、やっぱりそうだったんだと思った。
嵐のためなら、嵐の迷惑にならないようにってキラキラな嵐をオールOKでついていくファンの一途さにさえ、
受け入れ難く反発と違和感を抱いたのだって、
私の中にもいい子で優等生な嵐ファンであることで認められたい思いが少なからずあったからだろう。

嵐が見せるものなら怖くない。
光だって影だって私にも彼らの中にもある。
嵐があんなに素敵なルックスをしていて、こんなにも多くの人に愛される存在だっていうことは、
もう自分だってそうなはずなんだ。
自分の世界の中で自分はそうであるはず。
私は私(宇宙)に嵐くらい愛される存在なんだってことじゃん?


はー、駆け抜けた。
いっきに書いた。

ヘイ、ベイビー、ついて来てる?(笑)












あなたは輝く人に何を見ますか?














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Lotus

今朝は『Lotus』だ、なんてったってそうだ。
Popcornの発売日であるにもかかわらず、だ。


カテゴリ名、「嵐時々スピリチュアル」なのをお気づきでしょうか?
スピリチュアルなことを語るのは気が引けます。
ましてや嵐とスピリチュアルを関連付けることは私にとっては自然なことでも、
読んでいる中には違和感を抱く人もいるかもしれない。

こわいんです。ドン引きされるのが。

コンサートの抽選に外れ、智を愛する気持ちが強すぎて、ここ何日か低迷中でした。
だけど今朝Bちゃんとこで歌みくじ引いたら嵐が来て。
で、『Lotus』聴いて歌詞を改めて読んだら気持ちが突き抜けていくのを感じた。

すごいね、世界は絶妙なバランスで成り立っているって本当だ。
しんどい時期がある。血を吐きそうな、泥の中で息をするような。
高く飛べる瞬間がある。視界が開ける。心がすこんと突き抜ける。
いいも悪いもない、全部自分が自分に見せている。怖いくらいの自己責任。


嵐を選んだもの私だ。
嵐がスーパースターで、大勢のファンがいて、簡単には会えない、
それを創造しているのも私だ。
そして嵐のCDを買い、出演番組を観て、彼らを愛する気持ちに翻弄される、
彼らを取り巻くいろんな感情、嫉妬ややっかみや独占欲や支配欲や、そんなものを全部味わう。
それも全部全部起こっていることじゃない、起こしていることだ。

…っていうのはスピリチュアル本によく書かれてあること。
世界には私しかいない。すべての創造主は私。
どんな経験にもむだはなく、すべてが感じるためにある。
だけど実は私もよくわからないのだ。これが腑に落ちるところまでは至っていないから。


でもね、どこかで知っている。

真実を求めて

誰も知らないストーリー 始まる


だって嵐はどう考えてもスイッチだったもん。
いろんな感情をたずさえながらも、ガチで楽しむことへの招待状。


僕らは悲しみに暮れても 喜びに導かれてる


ほんとのほんとは私たちは愛そのもので、根っこはそこにいつでもつながっていて、いつでも還れる。
喜びだけを選んでいい。
この『君』や『僕』というのはその場所のことであって、嵐や私のことでもある。
そういう意味では嵐も私もどこまでもフェアな関係で、与える作業は一方通行ではけっしてない。
彼らが与えるのと同じくらい、私からも彼らに与えているはずなんだ。
彼らも彼らでいることで突き抜けようとしている。
スピリチュアル本に書いてある文字に沿ったやり方ではなく、ガチで、からだと心を使って。
それをセンサーで受け取った私が愛のエネルギーを確実に彼らに送る。


こんな朝には嵐の声がすごく近く聴こえる。
きれいだな、5人の声。
ルックスも性格もそれぞれに豊かでユニークで、ここに地球が全部入ってるみたいだ。虹色に。

そしてそれを混ぜ合わせる。この瞬間、私の中に。




『Lotus』  
(Bちゃん、借りちゃった。ありがとう。)



君がいるから 迷うことはない
忘れないで いつでも僕はここにいる


きっとどこかでも会ってるね。
君たちとどこまで行けるだろう。







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新月へのお願い

ここ数日いろいろ考えすぎて疲れ気味です。
そう私を悩ますのはこの人たち。


嵐メン。

相当妄想入ってしまう思いグセからもわかるように、
私は中途半端に誰かや何かを愛することができない。
嵐や智くんを通してみるものすべてに生活を侵食され自分の心を捧げてしまう。

今これからの嵐についてあるブロ智さん(いいね、この言葉)とお話させてもらっているのですが、
自分でもいろいろ考えていたらつかれちったよ。

こいつら、いったい何者なんだ?私にとって。
私のなかで考えがまとまったらぜひ書いてみたいけれど。



さて、もうすぐPopcornツアーの当落発表です。
私はこの手のイベントに乗っかったことがなく、
(ワクワクは申し込んだけどあっけないくらいに落選だったので笑えた)
ま、行ける時は行けるに決まってると思っているので不安とかはないのですが、

今回はですね、行かなきゃいかんと思っております。
前述の考え事にも関連していますが、とにかくナマ嵐の感触をぜひ味わいたい。
彼らとファンとのあいだの心の距離感、これを確認しないことには、
嵐への愛も萎えてしまいそう。


この前いっしょにご飯食べたとき友人Bちゃんに、
「嵐ね、福岡に今度来るんよね~。コンサート、絶対行きたい。」と言ったら、


「新月にお願いしてみたら?」


という言葉が返ってきた。

おおお!そのテがあったか!


私は月が好きです。
マイケルを愛してやまなかったとき、月はマイケルで、
月の夜にはいつも彼を思っては月光に包まれていました。庭の芝生のこんもりの上。


今までにも新月にお願いするという行為があるのは知っていたけど、
めんどくさくてやんなかったんだよね~。
でも今回はやる価値ある。やれば実になりそうな気がする。


早速調べてみると10月15日21時3分に新月入りすることがわかった。
そう、明日の夜です。



その方法についてわかりやすく説明してくれているサイトをみつけました。

サイト☆その1☆


ところがよくよく調べてみるとボイドタイムというのが存在します。

ボイドタイム



なのでこの時間を避けるのがよさそうです。

サイト☆その2☆



決まりごとがあるのでややこしいけど、その作業もどこか儀式っぽくもあり。
~しますように、ではなく、~です、~しました、といった完了形で書くことで、その現実をつくりだす。

☆アファメーション☆


そう、この日記もいわばアファメーションです。


ちなみに私はね、

親子席に座り、となりに次男がちんまりと座っていて、
目の前に智がやってきて手をふってくれるけど、
おい、誰にふってんだよってキョロキョロしてたら、
智がピンポイントで私たち親子を指差すという本気モードの妄想をやったりします。

そういうのを思い浮かべるともう半分行ったも同然です(ホントか?)。

願い事はひとつではなく10個以内ならいくつでも書けるみたいで、
何を書こうか今から考えなくっちゃ。




いいんです。何でも。



智と結婚できて幸せです。  でも、
智は毎日愛してるとメールをくれます。  でも、
智は毎日心からの好きを、嫌な顔せず言ってくれます。  でも。


(ああ、ホントこういうのにぜっんぜん気が利かない智、すごくわかる。
でも時々猫化して○○ちゃん、可愛いね、とか、○○ちゃん、大好きとか不意打ちしてこられて、
まんまととっつぁんぼうやにほだされる自分が絶対にいる。
これだって悔しいけれど頷けた。ま、自分が中年にさしかかっていることは認めないが。→『なぜ中年女性は嵐が好きか』
心には、もっと言えばタマシイには年齢なんてないのだ。
智に至っては私なんかより、はるかにオールドソウルだ、絶対そうだ。)







いっしょにやってみんなでコンサート行っちゃえばいいんぢゃない?










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