2012_08
30
(Thu)12:15

強風の日に

今日はやけに風が強いなと思ったら台風接近中だった。
そうとは知らず家じゅうの窓を開け放ったものだから、ものすごい暴風が吹きこんで
窓辺に吊り下げているいくつかのサンキャッチャーのうちひとつが落っこってしまった。

この子。よかった、割れなくて。
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これは去年5月にスピッツのライブに行き最前列ど真ん中の席を体験し、
その後マサムネにあげるつもりで(かなりまぢで。送ろうかと思ったくらい)つくったものだ。
震災後具合を悪くしていたマサムネはその前のライブをいくつかキャンセルしていて、
ファンは気が気じゃなかったが、私が行ったライブには元気になって歌ってくれた。


マサムネ、ね。
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20年来の心の恋人。


そんなことがあったし、しかもほんとにすぐ目の前にスピッツがいるってことで、
今まで行ったどのライブよりマサムネがぐいぐい自分のなかに入ってきた。
彼の中の弱さも強さも歌への思いも苦しいくらいに。
で、ライブの後すぐにこれをつくった。

イメージはドロップス。

サクマドロップみたいな、缶に入ったお砂糖と香料の味のパステルカラーの。

石の色もかたちもいびつでバラバラで、それはスピッツの歌の見せる世界みたいに甘酸っぱくて、
優しくて、ノスタルジック。

結局こんなのを真剣に送ってこられてもマサムネびっくりを通り越してちょっと気持ち悪いかも、
なんて考えると勇気が出ず、マサムネの手に渡ることはなかったのですが。

元夫は私のつくるサンキャッチャーに対して求めれば感想を言ってくれていて、
それはなかなか励みになったりしていたのだけど、
ある日酔っぱらって緩んでた元夫がこれを見て、
「これは嫌いだ。いやらしさがある。」
「媚びてる。邪念がある。」
とかなんとか、そんなふうなことをのたまった。
私たちの仲がぎくしゃくし始めていたし、マサムネを思ってつくったところに少なからず後ろめたさもあり、
ちょっとぎくりとした。
酔っ払いらしくしつこく何度も言うので、なんだ、こいつ、いったい何を言いたいんだとムカついた。
これをつくって込めた思いはピュアだったからね。
今振り返れば元夫も何か感じるところがあったのかもしれないが、
誰にも気兼ねなくいろんな人に憧れや恋心みたいなものを抱けることも、
今の私に与えられた自由のひとつだとしんみり思う。

誰かを思ってつくったものにはその時の自分の気持ちが入っているから特別。
吊り下げられっぱなしでほこりがかぶっていたので、台所洗剤で優しく洗ったらきれいになった。
そしてまた窓辺に。

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夏が過ぎて冬に向かって陽が低くなっていくと虹がよりたくさん出るようになる。
冬に出る虹はすごく優しい表情を見せてくれる。
自分のためのサンキャッチャー、またつくってみようかな。

次は智イメージで(笑)。




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2012_08
29
(Wed)15:42

泣けばいんじゃね?

お向かいのおじいちゃんが亡くなってお葬式に行ってきた。
肺がお悪かったらしく、最期は病院で静かに息を引き取られたということだった。
お葬式の会場は空気が清々しく澄んでいて、こんな表現は変かもだけどすごくいい式だった。
その人の最期によってもお葬式の雰囲気って変わるのだろうが、
悲しいながらもありがとうの気持ち、会えてうれしかったよの気持ちを言葉にできる式は
しあわせなお別れの仕方だなと思った。

帰ってきたらおとなりのTさん(父くらいの年齢の殿方)もちょうど帰宅したところで、
車から降りた私に近づいてきて「いやあ、びっくりしたよ」とおっしゃった。
てっきりお向かいのおじいちゃんのことだと思ったら、それは私の離婚のことだった。
離婚のことはご近所さん組合の組長さんにしか報告していなかったのだけど、
それが少しずつご近所さんの耳にも入っているのだろう。

Tさんは関東の方で、リタイア後に奥さんのご実家であるこの土地にお家を建てて暮らしている。
楽器と散歩がご趣味で、お歳よりずっと若々しい。
ちょっと強引でおせっかいなところがあるが根は悪い人ではない。
そのTさんが私たちの離婚を聞いてとても驚いてショックだったよと言いにみえたのだ。

「どうして急に本決まりになっちゃったの?」
「どうってことないように見えるけど、どこの夫婦だっていろいろ、いろいろあるんだよ」
「男と女のことは当人にしかわからないけど、前を向いて、ね」
なんて言いながらTさんは涙をちょっと浮かべて、そして最後に握手をした。
このあいだ長く実家に帰省した時、私は実の両親にも泣き言を言えなかった。
離婚のことを話題にするのも嫌だったし両親からも何も言葉はなかった。
なのにTさんに優しい言葉をかけられて胸が苦しくなって泣いてしまった。

本当に困った時には何かお願いすることがあるかもしれませんと私が言うと、
「うんうん、娘みたいだと思ってるからね」
とTさんはおっしゃった。

私は誰かに弱音を吐いたり素直に泣いたりすることがどうしてもできない。
もしそうなってしまったら、みっともなくて可愛くない自分が愚かに思える。
だから、


大野智が、
たとえば24時間テレビでの相葉雅紀の手紙ん時とかみたいに、
涙をぽろろんと流したりするのを見たりすると、

なんだ、こいつ、こんにゃろ、やられた~って思う。

感情がふんわりあふれるその瞬間がすごく尊くて愛しくて、そしてそれ以上にうらやましくて。



悲しい時は泣けばいいのかな。
しんどい時は話を聞いてって言えばいいのかな。
誰もいない時には泣いてる自分を愛でてあげればいいのかな。
車椅子ニノも似たようなこと言ってましたが。
世界は案外私より私に優しい。



そういえばこの人もすぐ泣いてた。

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永遠の50歳。
あるがままで、自分でいることにリラックスすることで愛されると教えてくれたのはあなたです。
うまれてくれてありがとう。






2012_08
28
(Tue)18:56

離婚のこと

離婚はすることもしないことも自由に選べた。
我が家の場合セックスレス以外には特に問題もなく、今振り返ればいつもしあわせと感じていたように思う。

元夫は物静かで、言いたいことのたぶん10分の1も言葉にしていないんじゃないかと思うくらい、
本当に感情の表現が控えめで神経質な人だった。
そして常に怒りのエネルギーをたたえていた。
それは本人さえも気づかないような、よく目を凝らさないとわからない感覚的なもので、
私はよく元夫に怒ってる?と何度もしつこく聞き、とうとう最後にほんとに怒らせたりしていた。

私は私で他人様の反応がいちいち気になり、
こんな風にしたら受け入れてもらえるというのを瞬時に判断し振る舞ってしまうタチなので、
元夫の素っ気なくて怒ったような態度を見るとたちまち心配になっていた。
彼がいったいどんな気持ちで何を考えているのかがわからず、
それをちゃんと言葉で言ってほしいと伝えるのにいつも泣いてしまっていた。

それでもお互いに相手のことをいたわる気持ちがあったし、うまくいってなかったわけではなかった。
でも元夫にしてみると、
私が子どもばかりを愛して自分に対する愛情が薄れたこと
私がセックスするのを拒否すること
特にこのふたつに対して大きく不満が募っていたらしく、我慢に我慢を重ねていたようだった。

離婚する前の2年くらい、
(これは私がMichael Jacksonに恋をして寝ても覚めても彼を思うようになった時期とちょうど重なるのだが)
元夫の怒りの表出というのは私にとって、我が家にとって、本当に居心地の悪いものだった。
いつも不機嫌そうな顔をしていて、理由を聞いても答えてくれず、
おはようとかいってらっしゃいなんかの何気ないあいさつをしても無視するし、自分からもしない。

どうにかして理由を聞きだしてもセックスレスが不満だと繰り返すばかりで、
その時だけはセックスしてどうにか場が収まるけど、またその後は繰り返しだった。
私はセックス自体が嫌いなわけではない。
それどころか、Michaelを愛したのをきっかけに、自分の中に性エネルギーのパワーがうねるのを自覚しないわけにはいかなかった。
その自分の中の性エネルギーを認めて愛でて歓びを感じられるようになりたいと思っているけど、今はまだ途中だ。
話がそれた。元夫とのセックスが嫌だった。
性急で愛が感じられないセックスって義務以外の何物でもないのだから。

セックスレスを不満に思う元夫との関係がぎくしゃくしているのがつらくて、この本を買って読み元夫にもすすめた。
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セックスは、神さまからの贈りもの

これからセックスのことで我慢し合うのは嫌だし、こんなセックスだったらいっしょにやっていけると思う、
私のそんな気持ちを代弁してもらうつもりだったし、あくまでも建設的で前向きな思いを込めた。
が、彼はこれを読んで今までの自分のセックスを振り返り、私のことをもう愛していないということに気付いたらしかった。
そこではじめて離婚する話が出たのだ。


と、ここまで書くと元夫だけが我慢していたように見えるけど実際はちがう。
私だって我慢していた。
私だって神経質で、気持ちをうまく言葉にできず、
今だっていつもいつも怒りの玉を抱えて、爆発させないようにイライラしてる。
そしてたぶんセックスに対して恐れとか罪悪感がある。
彼は私だった。
彼が見せてくれていたのは私の中にある問題だったのだ。

離婚することを決めてからは元夫の怒りはツキモノが取れたようになくなったし、
私はもう誰かの顔色をうかがうことも、無理して嫌なセックスをするのもしなくてよくなったので本当に楽になった。
もういちど頑張るというか、夫婦でありながら柔軟に変化するという選択があったかもしれない。
でも私も元夫もそれを望まなかったし、私はすごく自由になりたかった。
離婚するという作業に向かってすべてが本当にスムースに流れていったのを感じる。
いま、離婚してよかったと思っている。
子ども達と私だけの生活は気楽だし、責任の上に成り立つ自由はそれだからこそ尊い。
子ども達には悲しい思いをさせるけど、我が家は我が家なりの家族というかたちをつくっていけばいいだけのこと。
元夫とうまくいかなかったことでわかった自分の中の問題にはゆっくりと時間をかけて向き合い、
またやっかいな出来事が起こればその都度対処していくことでやっていけるだろう。

自分はこれからどうにでも生きていける。

今はまだ日が浅く、離婚したことを誰かに告げるたび、旧姓で呼ばれるたびに胸がどきんと飛び上がる思いがするし、
心はやっぱりくたびれていて、出かけて誰かに会ったりするのがひどく苦痛に感じる。
とにかくゆっくりと、優しくてあたたかくて私を傷つけるものが何もない、無条件に私を受け容れる、
ふあふあで柔らかな場所にただただ沈み込みたいと思う。
そしてそこがMichaelや大野くんな感じがして、だからやっぱり私には必要な人だったのだと思う。


今思うのは、私にとって離婚とはこれからどう生きていくのかを自由に選び取るきっかけだったということ。



そして自由とは孤独であるということ。






2012_08
23
(Thu)21:14

大野くんのディズニー案内

何かのスピリチュアル本で、今地球上にある、そしてこれからどんどん生み出される歌とか絵とかの、
芸術やアートなどと呼ばれるものすべては実はもうすでにどこか別の場所に存在しているものであり、
(この場所というのは別の次元のとか、別のずっと遠い星のとか、そういうこと)
それがただ表現者を導管にしてあらわれ出ているだけだというくだりを読んで、
どっひゃー!そんなことってあるの?とびっくりしたのだけど、今はそれがすごくわかる。

ウォルトが2日で描かせたという、ウォルトの頭の中にあったあのランドの構想図。
2日で描いた人もすごいと思ったけど、もっとすごいのはあんなに細かい部分まで鮮明にイメージでき、
かつそれを頭から引っ張りだすことのできたウォルトだと思う。
きっとあの図(後のディズニーランド)は別次元の、文明の進んだ平和で豊かな星かなにかにあるどこかなんだろうと思った。
そう、ウォルトが導管。

あれがすでにあるどこかならば、きっとそこがこれからの地球が向かっていく理想郷みたいなものだと思うし、
私たちにとってはディズニーランドこそがふるさとなのかもしれないな。
ディズニーランドには大人も子どももなく、差別も戦争も必要なく、愛と平和と緑と純粋な楽しさがある。
私はディズニーランドにもミッキーにも全く興味がなく、何というか、
あのハッピーさやファンタジーな感じに対して冷ややかだったわけだけど、
もしも実際に行くことがあればきっと楽しめると思うし、泣いてしまうかもと思う。
その美しさとなつかしさに。

ウォルトはアニメーターでもただのお金持ちでもなくて、クリエイターだったのだね。
それもかなり強固に頭の中のものを具現化することにこだわった。
妥協も失敗もなくやり遂げたのってすごいと思う。
その成功がなければ今の地球上にディズニーランドは存在せず、きっと地球人の楽しみ2割減てなとこだろう。
(2割はちとおおげさかもだけど)
でもディズニーって私たちにとっての娯楽だけでなくて、アーティストにとっての受け皿というか、
想像し創造する人の力を発揮させる場所として重要な役割を果たしてるんだと思った。

大野くんが天井か何かを指さして、「関わりたかった。ここ、塗りたかった。」なんて言ってたけど、
ウォルトはそんな風に何かを創ることに歓喜する人にとっての場所もつくりたかったのかななんて。
それはウォルト自身だから。
そして宇宙へのゲートだから。

想像や創造をすることで行けるその宇宙を私もちょっとだけ垣間見たことがある。
Michaelのことが好きで好きでもうどうしようもなくて彼の小説を書いた時。
Michaelをびんびん感じて、愛がどうしようもなくあふれて、満ち足りていて、
もうこの気持ちのまま一生生きていきたいと思ったほどだった。
持続はしない。ずっとは行けない。
でもまた行きたい、そこに。
そこに行けばMichaelにも大野くんにも会えるような気がして。
彼らの魂に触れることができるような気がして。


若冲の時にも思ったけど、絵に触れる大野くんの顔はいきいきしている。
子どもみたいでキラキラしていて眩しい。
私はそれを見て自分は何も持っていないような気になって悲しくなる。
私にも宇宙へのゲートが優しく開く日がくるのかな。


大野くんみたいな人に出会えてよかった。
彼を見ていると不思議なくらい自分が受け入れられている気持ちになる。
大野くんが私のものだったらいいのに。
そしてこんな風に笑う顔をそばで見てみたい。



なあんてね。









2012_08
22
(Wed)21:09

あの人の匂いが嗅ぎたいのです

嗅覚は特にすごく敏感というわけではないと思うけど、五感のなかで頼りにしている割合はけっこう高めと思う。
体臭とか口臭とか、嫌なにおいさせてる人には猛烈な嫌悪感をおぼえるし、
家族や好きな人の匂いは心地よくて安心する。
でも基本どんな匂いもまず嗅いでみたい。嗅がないと気がすまない。

嵐の過去の動画の中で女性タレントがメンバーのうなじの匂いを嗅ぐ場面を観たが、
もう私だって嗅ぎたくてたまらず、想像力を駆使してどんな匂いなのかがだいたいわかった気になった。


Michaelが愛用していたという香水はいくつかあって、その中でも比較的お手頃な値段のものは
ファンもこぞって買い求めたりしていた。
彼はもういなくなってしまったので、あくまでも彼の身近にいた知人からの情報らしいが、
とにかくマイケルはいつもいい匂いがしていたんだって。
あんなに美しくて、そのままでも息からほのかに甘い香りさえしていそうなのに。



その中で私が実際に買ってつかってみたのは『ヴァラヴェルサイユ』と『ブラックオーキッド』。

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どちらも濃厚で、まとわりつくような強い香り。
ヴェルサイユの方はつけてすぐはツンとしたスパイシーな感じだけど、
すぐにお香のようなまろやかな香りに変化します。
お家でお香を焚いているの?と聞かれるくらい。
これはつけていてすごく評判がよかった。
あ~、ロッタちゃん、いい匂いがする~とうっとりされたり。
オーキッドの方はメロンの練り消しゴムみたいな匂いなんだけど、とにかく密度が濃いというか、
つけすぎると自分自身も酔っちゃうくらいなので、顔からずっと遠い足首くらいにほんの少し吹き付けるのがよい。
香りも飛ばないため、まわりにいる人に嫌な顔をされちゃったこともありました。

どちらの香りも嗅いでいるとMichaelの肩や首や胸の感じが、会ったこともないのに思い出されて、
まんまMichaelで、よく泣いていたっけ。
Michaelは本当に私をよく泣かした。今でも『Man In The Mirror』を聴くと涙が込み上げます。


さてさて先日、大野くんにも愛用の香水があると目にして、
その情報のソースはいささか古いものではあったけれど興味があったので購入。
今日それが届きました。


GIORGIO ARMANI  アクアディジオ
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今の大野くんがつけていないにしても、レディースだし普段使いできればいいかと思っていたけど、
レビューを見ると大野くんの香りだからと購入している同志がけっこういらっしゃる(笑)。
みんな、愛する人に近づきたいよね。枕にしゅっとして眠りたいよね。夢に出てきてくれるように。

早速手首に吹き付けてみました。

ん?

メロンとかマスカットみたいな匂いと書かれていたけど、そうかな?
いまいちぼんやりな、つかみどころのない、優しい優しすぎる香りのような…。
色にすると薄~いグリーン。
イメージと少しちがっていました。
大野くんにはもうちょっと強い、男性的な香りが似合うような気がする。


あややが大野くんのうなじを嗅ぎ、ちょっと匂いがあります、苦手です…みたいに言っていたが、
その匂いこそいちばんくんくんしてみたい香りではある。
うん、絶対にそうだ。







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