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*ロッタ*

*ロッタ*

最近ことさらに人と接するのが面倒で、
それは私が自分をよく見せようという思いから相手に合わせた言動で応えたり、
思ってもないことをついつい調子よく返してしまったりするからで、
めんどくさいならひとり無口にしてそこにいればいいだけなんだけどそれもできず、
ならあまり人と会わなければいいんじゃないかと思って、
もともとひとりでいるのが好きだからこれからもっとそうしようと思ったのが始まり。
でもそうすると今度は人との関わりから離れるっていうのは単に自分が楽ちんでいたいだけで、
わずらわしいことから逃げたいだけなんじゃないかと自分を叱責する心の声も聞こえてきたり。

だけどね、私が私に還る場所ってね、すごく心地いいんだわ。
いろんな感情が渦巻いているけど、柔らかくて乾いていなくて、すごく流動的。
そこに行くと智に会えるしね。
もうここでずっといたいと思っちゃうの。
精神的な山ごもり、みたいな。

で、そこに日々沈み込んでいるうち、少し前から強く感じるようになった。
外側にあるものは必要ないなって。
外側からやってくるものは本当の意味で私を満たしてくれないって。
友人とか恋人(ま、いないけどね)、まわりのいろんな人たちからの尊敬や哀れみや称賛や優しさ、
そういうものをちょうだいっていくら求めても手に入らないことのほうが多くて、
でもそれにがっかりしたり浮かれたりするのってなんか違うなと私は本当は知ってたのかな。

自分ひとりだけでしっかり満足したいって思う。
自分の自由と孤独に責任をもって、自給自足で生きたいと思う確かな気持ち。


うーん、こういうの、なんていうんだっけ?


えっと、

あ!

『アロンネス(aloneness) 』!!


最近また思い出して時々一枚引いてるこちら。 → Osho 禅タロット
この中に確か、あった。

アロンネスのカード。
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独りあること(アロンネス)

ひとりでいるとき、あなたは独りではいない。ただ寂しいだけだ——。寂しさ(ロンリネス)と独りあること(アロンネス)、そのあいだには途方もない違いがある。寂しいとき、あなたは誰かのことを考えている。相手がいなくて寂しいのだ。寂しさはネガティヴな状態だ。あなたは、もし誰かがここにいたらもっとよかったのに、と感じている。友人、妻、母、恋人、夫がいたらと——。誰か相手がいたらよかったのに、その相手はいない。

寂しさは他者の不在だ。独りあることは自己の現存だ。 独りあることはひじょうにポジティヴだ。それは現存、あふれ出る現存なのだ。あなたはあまりにも現存に満ちあふれているので、自己の現存で全宇宙を満たすことができるし、誰かを求める必要もない。



解説:
生において「大切な他者(ひと)」がいないときは、寂しくなるか、それとも孤独がもたらす自由を楽しむか、そのどちらかが可能です。自分たちが深く感じている真理をまわりの人たちが支持してくれないとわかったとき、私たちは孤立してつらい想いをすることもできますし、家族、友人、仲間に認めてもらいたいという人間の強い欲求にも耐えられるほど自分たちのヴィジョンは強靭だという事実を祝うこともできます。もしあなたが今、そういう状況に直面していたら、「独りあること」の見方を自分がどう選んでいるのかに気をつけ、そして自分が下したその選択の責任を取ることに覚めていましょう。

このカードの謙虚な人物は、内側から発する光で輝いています。人類のスピリチュアルな生へのゴータマ・ブッダのもっとも重要な貢献のひとつは、弟子たちに「自らの光となりなさい」と強調したことです。究極的には、どのような仲間も、地図も、あるいはガイドもなく、暗闇を進む自分たちの道をつくる能力を、私たちひとりひとりが自分の内側で開発 しなければならないのです。




そして、ばばばばーってつながった。
あ、そっか、だからか、だから智か。
智が見せてくれてたんだ。


私は智の無理にまわりに合わせようと気をもんだりしなさそうなところや、
自分の好きな人やモノに素直で無邪気で頑固そうなところや、
自分でいることに完全にリラックスしているようなところが好きで、
うらやましくて、そうなりたいと思っていて、

(ついでに言えば、
自由を心から愛し、恋人や妻にもそれを許すことを望み、
恋人や妻から与えてもらおうとあんまり思ってないように見えるところや、
実際女の人なんていないんじゃないかとファンの欲目でも思わせてくれるところはもっと好き)

それって究極のアロンネスじゃん、智って地でいってるじゃんって。
私が彼の中に見た憧れはそれで、
これからは彼のように独りあることに満足して生きていいんだって、
智が見せていてくれたんだと。
だから智のことを私は好きになったんだなと。

なら、彼のようになれるってことなんだ。
智のそこが好きなら自分もそうなっちゃえばいいんじゃん。
そうしたらもっと智にも近づける。
彼が立っている場所へ。

いてくれて、うれしい。
ありがとう。


智様















最終更新日2015-09-24
Posted by

Comments 2

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そらママ  

私も智のそんなところに惹かれるんだろうな。
そんな風に生きたくても、きっと自分には真似できないから。
世間体や交友関係に左右されて、色々な顔を造ってる。
そんな自分に疲れたりしてさ。
まだまだだな。私。

今日の写真も凄くいいね。
涙出そう。

2013/02/25 (Mon) 19:56 | EDIT | REPLY |   
*ロッタ*">
*ロッタ*  

そらママちゃん

智なんてさ、いつも誰かに見られてて、自分を知らない人の方があんまいなくて、
歌用、演技用、バラエティ用っていろんな顔をつくんなくちゃいけなくて、
時間が不規則で、美味しいご飯をゆっくり食べることもできないような、
(想像だけど)人間らしいおだやかな暮らしには程遠い生活だと思うのだけど、
でもその中にあってもあの頑固さ、あの揺るがなさ、あの気持ちの平坦さ、ありえないと思わない?
しなやかだけど強靭なおへそがあるんだよね、彼ん中に。
外側がごうごう嵐だろうが台風だろうが闇だろうが、彼のところだけが凪いでるんだよね。
で、それを認められて愛されてる。

でもそれは智だからじゃないって思う気持ちがある。
みんな同じく等しくそうなれるって。
私はもう何のせいにもしたくないって思うんだよね。

2013/02/25 (Mon) 20:22 | EDIT | *ロッタ*さん">REPLY |   

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